いきなりですが、写真の方は何歳でしょうか?


正解はなんと96歳です!
口のなかだけで見たら50歳くらいに見えませんか?
しかも欠損はわずか3歯のみ!
肉でも野菜でも、なんでも食べられるそうです。
もちろん自覚症状はありません。
ハキハキ話しスタスタ歩いています。
私は健康と判断し、治療行為は一切行いませんでした。
前歯部CR充填部は2次カリエスと思われますが、進行性がないと判断しました。
マージンにプラークの停滞がなく、慢性化していると予想されます。
う蝕の進行は日単位ではなく、そのほとんどが年単位で進行します。
つまり次回来院時に過去と比較して、進行を認める場合に介入を決めても遅くありません。
これを待機的診断といいます。
審美面においても気にならないとのことなので、経過観察と判断しました。
装着されているクラウンには一部マージンラインの不適が認められますが、プラークの付着がありません。
歯肉は健康なコーラルピンクを呈し、スティップリングも認められます。
発赤・腫脹・出血などの炎症反応も認められません。
つまり日常生活において十分なプラークコントロールができていることが伺えます。
私は介入を考える際に最も大切にしているのが、介入によって生活の質(QOL)を改善できるかどうかです。
レントゲンを含む各種検査において問題があったとしても、生活の質の改善に結びつかない場合、介入は行いません。
迷った時に必ず手に取る指南書である
「医者は現場でどう考えるか」ジェローム・グループマン著
より引用すると
--------------
患者が特に困っていなくても、あらゆる異常に対応しようとする脅迫概念は、理想化された医療に対する不合理なアプローチの表れである。
~完璧さがほど良さの敵となりうるのだ。
--------------
私は問題個所を全て治療するという考えに疑問があります。
どんなに健康な人でも検査の数を多くすればするほど、必ず問題は検出されます。
まったく問題のない理想的な人間はこの世に存在するのでしょうか。
理想とは存在しないからこそ理想なのです。
さらに問題を治療することで、かえって生活の質を落とすことになってしまうこともあります。
健康的な生活をおくれることこそ大切なことであり、問題を消すことではありません。
そもそも歯科治療においては完全に元の状態に戻すことができません。
詰め物・被せ物・インプラントも所詮は人工物で補っているにすぎません。
要は歯のような物をくっつけているだけであり、本物の歯のように恒常性を維持できません。
歯のような人工物を補うことで健康バランスを維持できる期間を延長しているのです。
これが歯科治療と言えるのではないでしょうか。
論文や学会からは小手先のテクニックを学ぶことはできますが、バランス感覚を体得できるわけではありません。
バランス感覚こそ経験から学ぶことなのではないか、と感じています。
この写真の方は院長が30年以上も診続けている人です。
適切なタイミングで適切な介入を行うことで、96歳という年齢まで口腔環境を維持してきたのではないかと考えています。
ドラマティックな手術や高度な技術に目が行きがちですが、ただ診続けることこそ真の医療なのかもしれません。