歯肉の状態は歯冠形態によって大きく左右されます。歯冠補綴においてプロビジョナルレストレーションによって歯肉形態をリモデリングすることは周知のごとくですが、実はダイレクトボンディングでも歯肉形態に大きく影響を及ぼします。歯周と歯冠は専門領域が違うため分けて考える先生がいますが、実は相互依存的なのです。

前歯の詰め物の見た目が気になり、歯茎が押されて痛いことを主訴に来院されました。

不良充填物の除去と軟化象牙質の除去を行いました。歯肉縁下に及んでいたため、操作性の都合上ラバーダムを装着していません。歯冠乳頭部歯肉が充填物によって圧迫され、退縮しています。

充填直後の写真です。ブラックトライアングルが残っていますが、あえて埋めていません。
歯肉は適切な歯冠形態が付与されると、それに同調するように形態を回復させます。
ブラックトライアングルを無理に埋めようとすると自然な歯冠形態から逸脱します。
清掃性に不利に働くだけでなく、長期的に見て歯肉をリセッションさせるため推奨できません。
加えて無理にブラックトライアングルを埋めようとすることで窩洞歯肉側にステップを作ってしまう危険性があります。
歯肉側にステップを作ってしまうと、2次カリエスの原因になるだけでなく、歯肉炎を惹起させる恐れがあり必ず避けなければなりません。

1週間後の経過観察です。歯肉形態に改善の兆候が見られます。
ちなみに、本症例の色調選択については苦労しました。
象牙質の彩度が高いうえに境界不明瞭な白帯が何本も存在しています。歯頸部付近の彩度と歯冠中央部の彩度に大きな開きもあり、段階的グラデーションに加えて白帯も違和感なく再現しなければなりません。
そしてエナメル質の透明度が高いにもかかわらずオペーキーな象牙質であり、やみくもに透過性の強い色調を選ぶことができません。
バックウォールにオペークを配色し、歯頚部にはCVD~CVを移行的に充填しました。
歯冠中央部にはA3をボディに使い、比較的深いところにBWを挿入することで淡い境界不明瞭な白帯を再現しました。
透明感はグレートランスを最外層に使用することで表現しました。
透明だからといってトランスを使いすぎると黒抜けするので、グレー・ブルー・パープルあたりで透明っぽく表現すると自然に見えます。

1ヶ月後の経過観察です。自然なスキャロップ形態に仕上がりました。
カウントゥアが強すぎても弱すぎても歯肉は上がってきません。マトリックスの選択と操作が大切です。

3か月後の経過観察です。ブラックトライアングルはほぼ消失しました。
前歯部の審美充填ではシェードにばかり注力しがちですが、歯冠形態はそれ以上に重要であると考えています。
調和した歯冠形態は審美的なだけでなく清掃性・自浄性に優れるため、機能美といえます。
正直、前歯部のダイレクトボンディングはかなりの症例数を経験している今でも緊張しますね。