ダイレクトボンディングの長期予後

 本症例は現在とはまったく異なったシェードレイヤーで充填しています。改めて、なぜなのかじっくり考えてみたところ、患者さんの意見で治療するようになったからだと思います。

 以前の私は症例検討会や勉強会などで「先生方に認められたい」という目線で考えていたのだと思います。若かったのでしょう。他の先生からの評価を考えると、どうしても「歯科医師目線で良い治療」になってしまうのです。つまり「医学的に理想的な治療」を求められるのです。しかし、すべての患者さんが学問で扱う「理想的なモデル」ではありません。学術的に正しいことが臨床で正しいとは限らないのです。

 


 4年前の症例です。「1カ月前に自費で右上4番にハイブリッドインレーを入れてから、フロスが引っかかるようになり、見た目もしっくりこない。4番の状態を確認してほしい。5番も治療予定だったが、不安で転院した。」ことを主訴に来院されました。4番の状態は大きな問題なく、高額治療であったこともあり経過観察となりました。

 


 軟化象牙質除去・窩洞形成後の写真です。MIの知見より極力遊離エナメル質を保存していました。現在ならもう少しゆとりを持ったスピード感のある窩洞デザインにしています。アクセスキャビティが小さいと軟化象牙質の除去の際に器具の制約が出ます。すると多くの器具を使い分ける必要性があり、時間も浪費してしまいます。また軟化象牙質の取り残しの危険性も高くなります。


 充填直後の写真です。当時はエナメル色で解剖学的に賦形して、小窩裂溝にステインを入れて「どうだ!うまいだろ」といった感じで、いい気になっていました。患者さんの嫌がるアナトミカルシェードで完全に医療従事者目線で充填していました。本症例の患者さんは歯科治療をしっかり調べられている方で、医学用語も理解しています。だから解剖学的な形態の付与について納得しておりました。ですが、今は絶対に使わないシェードレイヤーです。

 

 小窩裂溝のステインは天然歯を模倣している感が出るのでドクター側の満足感が高いです。なので症例検討会で批判されないように、むしろ他の先生に認めてもらえるように充填していました。

出てくる意見も

「遠心の裂溝形態と頬側咬頭の遠心副隆線との調和が・・・」

「マメロンを再現するためには・・・」

「周波条をしっかりと付与して・・」

など、医学的見地から解剖学的に歯牙形態を再現することを主眼に置いていました。そのことに何も疑問を持っていませんでしたし「自分は凄いことをしている」とすら思いあがっていました。

 

 ある時「なんでむし歯を治療しなかったのですか?黒いままですけど・・」と患者さんから言われました。その時に気がついたことが

「患者さんのキレイと解剖学的形態はまったく違う」ことです。

 患者さんは白い歯を求めているのに、私は「これが医学的に正しいのです」と自分の考えを患者さんに押し付けてしまっていました。患者さんは我慢してしまいます。言ってくれる人は少ないです。特にダイレクトボンディングは時間がかかるので、多くの患者さんがドクターを労ってくれます。

 


 4年後の経過観察です。来院して歯面清掃や研磨など、なにもしていない状態で撮影しています。25頬側に着色があることや、24ハイブリッドインレーのセメントラインの着色が長期経過を物語っています。CR充填の予後を否定的に見る先生もいますが、適切に処置さえすれば予後は非常に良いと確信しております。

 

 ダイレクトボンディングはセミナーに1回や2回出席した程度で施術できる治療ではありません。多くの先生が途中であきらめます。その理由の一つに「歯科医学的な理想」だけがゴールだと考えてしまうことがあると思います。セミナー講師の先生は世界トップクラスの先生です。その先生といきなり同じことができるわけがないのです。しかし学会や勉強会など、歯科医師同士で集まる機会があると、どうしても歯科医師目線での、しかもトップレベルでの判断に陥りやすいのです。

 

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全員が全員同じことができるはずはないのです。

得意分野の違いや、合う合わないがあるのです。

 

がんばっているのに思うように成果が出ないとき

単純に「もっとがんばらないと」と思うことがあります。

 

むやみに1本道でがんばろうとしてしまい追い詰められていく。

 

「できない」にはちゃんと理由があります。

そのすべてが闇雲な努力で克服できるとは限りません。

「できない」と「がんばっていない」はイコールじゃない。

 

精神論だけで乗り越えられるものは多くはない。

「がんばること」が目的となって疲れてしまっては意味がありません。

大事なのは「できるようになる」こと。

 

いったん目の前の山だけを見るのをやめて

他にもいろんな山や道があるのに気がついてほしいです。

がんばる道は1つじゃない 方法も1つじゃない

自分に合ったがんばり方を見つけるのは、逃げることじゃない。

 

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「死ぬくらいなら会社やめれば」ができない理由 より引用

 

 

この業界はひとつの考え方こそ理想であり、理想に近づくことだけが正義とする筋があります。

ひとつの考え方が全てではありません。別の視点からの意見はとても、とても重要です。

 

・注意事項

症例写真は患者様の了解を得たうえで掲載しております。

無断複写・転載は一切認めておりません。