ミュータンス菌だけではないう蝕細菌

 う蝕の病態は大きな転機を迎えています。過去にはう蝕はミュータンス菌だけの感染症と考えられていましたが、細菌検査の精度の向上によって新たなう蝕細菌が検出されています。

それだけでなくミュータンス菌のう蝕への影響も大きく変わってきています。

「ミュータンス菌が原因でむし歯になるのだから、3歳までに感染しないようにすればむし歯にならない」

間違っている説明は患者さんにとって大きな不利益になりかねません。

今回は私自身の知識の整理を兼ねて、この場をお借りしてまとめます。

 

なぜミュータンス菌だけがう蝕の原因と盲信されたのかというと、当時の細菌の検出方法に問題がありました。1920年代は現在のようにDNAレベルでの検出ではなく、培地にて増殖させてコロニーを観察していました。そのため培地で増えることができない細菌は存在しないことになっていました。

ミュータンス菌の発見者であるClarke先生が「う蝕の原因はミュータンス菌である」という方向付けを行った結果、ミュータンス菌のう蝕原性が盛んに研究されるようになりました。

不溶性グルカンの生成、乳酸・酢酸・ギ酸などの有機酸の産生能、フルクタンとして多糖を貯蔵、などう蝕の病原性と一致する性質が明らかとなり、ミュータンス菌がう蝕の原因菌だという強固な裏付けとなりました。

「火のない所に煙は立たぬ」

一度犯人扱いされると、人は悪い点のみばかり探し出す傾向があるのです。

 

現在は培養で細菌を検出するのではなく、次世代シーケンサーでの解析がメインとなっています。そのため培地で増殖しない細菌でも検出可能になりました。例えば

 

  • Scardovia wiggsiae ショ糖の供給で急速に酸を産生する。乳幼児カリエスの原因との説がある。
  • Bifido bacteria 強い酸を放出できるハイリスクバクテリア。ビフィズス菌。
  • propionibacterium プロピオン酸を生成し、プラーク内部を酸性に傾ける。
  • Neisseria tlava プラークの形成初期に関与 プラーク内の酸素を急速に消費することで、嫌気性環境を促進させる。
  • Genella laemolysans エナメル質カリエスから高頻度で検出させる

 

など、今まで考えられなかった細菌たちが活動していることが発見されました。

では次世代シーケンサーでう窩から検出された細菌群はというと・・・

川端重忠ら「口腔微生物学・免疫学 第4版」より引用
川端重忠ら「口腔微生物学・免疫学 第4版」より引用

図からわかる通りう蝕から検出される最近のほとんどは乳酸桿菌です。

ミュータンス菌はというと・・・比率がかなり低いことが分かります。う窩からミュータンス菌が検出されない人もいます。

近年の研究では、う蝕の発生と進行におけるミュータンス菌の役割に疑問が出ております。

少なくとも「むし歯はミュータンス菌の感染症である」ことは全面否定されています。

上記の図は大学生が使う教科書から引用したものです。賛否の分かれる最新の論文から引用したわけではありませんのでご安心ください。

 

ミュータンス菌以外にも酸を放出し、う蝕を進行させる細菌は数多く存在します。

善玉菌としてプロバイオティクスなどで使われることが多い乳酸桿菌(ラクトバシラス)も、乳酸という脱灰能が十分にある酸を放出します。う蝕はその進行度合いや発生部位で、プラーク内の構成細菌がダイナミックに変化します。人によっても、同じ日本人でも、親子でも構成細菌は全く別です。

 

う蝕は様々な要因が複雑に絡み合って発生する「多因子性の疾患」と言われており、単一の原因菌で発生する感染症ではありません。

WHOも公式に「う蝕は非感染性の疾患」と公表しております。

 

13世紀の「医術、薬草術、占星術」という本より

歯痛には虫が歯を喰っている場合は、古いホーリード、ハートワート、セージを煎じて鉢に注ぎ入れ、その上であくびをする。そうすれば虫が鉢に落ちる。

 

この伝統的な治療方法は、現在では誰もが間違っていることが分かるはずです。

 

近い未来には「むし歯がミュータンス菌の感染症と勘違いされていた時代があったらしいよ」といった会話をすることでしょう。